— 入社されて29年、坂間さんが抱いたエノテーカ ピンキオーリのイメージはどんなものでしたか?

エノテーカ ピンキオーリは、世界で最初の女性3つ星シェフとなったアニー総料理長と、ワインの巨匠と呼ばれるジョルジョ・ピンキオーリの2人によって、世界中から評価を受けているお店です。私がエノテーカ ピンキオーリを任されたのは、今から29年前、東京店をオープンする時でした。フィレンツェといえば、ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエッロに代表される芸術の都です。私にとってフィレンツェは、歴史上の芸術家に加えて、前述のアニー料理長とジョルジョ・ピンキオーリの2人の天才がいる都、というイメージになりました。
 この2人のオーナーは、桁外れの情熱家であり、自身の審美眼を絶対的に信じ、それをお店づくりに生かしてきた人です。ですからエノテーカ ピンキオーリ独自のスタイルを、日本のお店でも決して変えることなく、その価値をお客様に理解していただくことが求められました。

— エノテーカ ピンキオーリが名古屋にオープンして13年、印象に残っているお客様とのエピソードはございますか?

名古屋店ができてから、私がもっとも印象的だったのは、ビールの提供についてです。イタリアやフランスでは、ビールが提供されるのはトラットリアやブラッスリー。リストランテではスプマンテやカクテルを食前酒とし食中はワインが主流です。イタリア本店にはビールは置いておりませんので名古屋店でもビールは置いておりません。ところが、名古屋には、イタリア料理といえば気軽にワイワイとざっくばらんに楽しむものだという印象をお持ちのお客様が多かった。ですから、特に暑い夏ですと、ビールをオーダーされる方がかなりの率でいらっしゃいます。ビールが欲しいお客様、ビールは提供しない当店、という相反することが起こってしまいました。
 そこで私どものサービスとしては、「ご希望の方にはウエルカムドリンクでビールをお出しします。その代わりビールはあくまでもサービス。当店には自慢のワインリストもございますので是非ワインをお飲みいただきたい」とお伝えすることを続けてきました。そのおかげで、現在では正統なエノテーカ ピンキオーリのスタイルをご理解いただけるようになりました。これからもイタリア本店のオーナーの美意識や考え方をそのままに、名古屋のお客様にもっと愛されるお店でありたいです。

— お料理やレストランに関する名古屋独特の感性はあるのでしょうか?

名古屋の方は季節感にとても敏感な方が多いと思います。日本料理の四季を大切にする感性をお持ちなのですね。新幹線で京都にすぐ、ということも影響しているのではないかと思います。常に季節の食材や料理、盛り付けなどを意識していらっしゃるので、私たちも刺激になりますし、そうした感性はメニューづくりにも役立てています。春夏秋冬に、早春と初夏を加え、全部で6回をベースにしてグランドメニューに季節感をたっぷり入れています。
 またワインに関しても詳しい方がとても多いという印象です。エノテカとは、ワインを取り扱っていることを示す言葉です。お料理はもちろん、ワインを楽しんでいただくお店でもありますので、エノテーカ ピンキオーリのワインリストを見る、選ぶ、味わうことをきちんと楽しんでいただけるお客様を、もっともっと増やしていきたいと思っています。

— 趣あるデザインリニューアルについても教えてください。

今回のデザインリニューアルには、フィレンツェと名古屋を、もっと一体感を持って感じてほしいという思いも込められています。壁面には、名古屋城とフィレンツェのドゥオモ、トスカーナの丘陵の風景、フィレンツェの街並みなどの写真が飾られています。テーブルには日本の四季が描かれたマットが敷かれています。今の季節なら新緑、秋になれば紅葉、冬は合掌造りの雪の風景、春には桜…。マットはイタリアで作った皮製です。また、一段上がったお席からは外の眺望がより一層よく見えるようになりました。名古屋の街を見晴らしながら、お昼は遠くに見える山の稜線を、夜は星や街のネオンを、お食事と共に楽しんでいただけます。

Profile

エノテーカ ピンキオーリ名古屋
総支配人

坂間 英明さん

Hideaki Sakama

42F エノテーカ ピンキオーリ

千葉県生まれ。大学卒業後、フランス料理店に料理人として入社、後に料理長から支配人となる。レストラン事業を展開する企業に転職し、あらゆるお店のオープンを手掛け、1991年に現在のエノテーカ ピンキオーリを運営する株式会社アターブル松屋に入社。イタリア研修を経て、支配人としてエノテーカ ピンキオーリ東京をオープン。2007年に、総支配人としてエノテーカ ピンキオーリ名古屋をオープン。