TiAさんは、ドイツ系アメリカ人の母と日本人の父を両親にもちます。歌に興味をもち始めたのはお母さんの影響。「母は演歌歌手なんです。だから日常に音楽があって、私自身も小学生からずっと歌手になりたいと思っていました。誰かの曲を歌うこともあれば、鼻歌で作詞作曲をしたり。いつも頭の中にメロディーがあって、コードが鳴ってるというか、その中で自分でメロディーを作って遊んでいるような感じでした。」
とにかく歌が好きな女の子は、念願叶い、16歳のときにプロ歌手としてデビューします。セカンドシングルとなる「流星」は、アニメ「NARUTO」のエンディングテーマに。メジャーシーンに突如登場したTiAさんの歌唱力に音楽業界関係者は色めき立ちました。
期待の新人ゆえに、大きなタイアップやステージも増えましたが、まだまだ精神的にもナイーブだったTiAさんは、仕事として歌うことや自分の色ではないキャラを作ることで、心の内側との足並が揃わなくなってきたと言います。「試行錯誤してやってく中で、自分を見失ってしまって。歌が好きじゃなくなってしまった、そう思ってしまった、というのが一番悲しくて。子どもの時から、本当に歌うことだけがすべてで、その大好きだった気持ちが消えてしまった。燃えつきてしまった。ああ、もう消えてしまいたいって思って。」デビューから10年、絶望感とどん底感を抱え、歌わない人生を求めて、傷心のまま向かったのがニューヨークでした。
「ニューヨークでは、全く言葉が通じないスパニッシュアメリカンの家にホームステイをさせてもらい、貯金を切り崩しながら、普通に観光したり、歌とは離れた生活をしていました。」
音楽が溢れているニューヨークにいながらも、ライブもミュージカルも観ず、音楽と距離をとっていたそうです。でも、そこはニューヨーク。街を歩けば歌ってる人がいたり、音楽がいろんなところから聞こえてきます。そんな環境に居る中でゆっくりと、「あ、ちょっと歌ってみたいな、って思えるようになってきました。」
TiAさんが暮らすマンハッタンには有名なライブハウスがあり、そこでは20ドルほどを払えば、ホイットニー・ヒューストンのバンドやアリシア・キーズのベースなど、プロのバンドの演奏で自身の歌声を披露できる「オープンマイク」というステージがありました。「すごいメンバーの演奏で歌った時の気持ちよさや、観客の声援に感動して、楽しい!という気持ちが再び湧いてきました。」
そんな時、ホストのシェリル・ペプシ・ライリー(アメリカのR&B/ゴスペルシンガー)が掛けてくれた言葉が、“Trust Your Gift.(あなたのギフトを信じなさい)”「つまり、神からもらった贈り物=私の歌を大切にしていいんだ、と思わせてくれました。」こうして、10年間の中で見失っていた歌う心をニューヨークでゆっくりと取り戻していきます。
「その後、私の借りたアパートはハーレムにありました。有名な黒人街ですよね。この地区に部屋を借りた理由は、単純に安いからでした。そして、部屋の隣に教会があったんです。毎週日曜日になると、そこからドラム、ギター、ベースの音、生バンドの、ものすごい迫力の音楽が聞こえてくる…。日曜日はゴスペルが目覚まし時計でした。(笑)」
そんな頃、突然日本から訃報が届きました。愛犬の死。TiAさんは深い悲しみから、食事もとれず、ただただ泣くだけの一週間を過ごしました。「悲しくて悲しくて、救いの手が欲しくて、初めて隣の教会に行ってみたんです。」
教会に足を踏み入れると、壁に筆で書かれた日本語の聖句が貼ってありました。なんでも牧師さんは日本にも教会をもっている方だったそうです。自宅の隣の教会が日本文化と繋がっていたことにとても驚きました。そして、その牧師さんが、一緒にゴスペルを歌わないかと誘ってくれたのです。そこから練習を重ね、そこからは破竹の勢いでゴスペルにのめり込んでいきました。
「愛犬の訃報がなければ、教会に行くことは無かったと思います。」愛犬がTiAさんとゴスペルを結び付けてくれたのかもしれません。そして、彼女のゴスペルシンガーとしての運命が切り開かれていきます。
まずは地元のゴスペル・コンサートに参加し、初めてゴスペルソングを歌いました。「この時、歌いながら、感じたことのない感動が溢れてきて、涙が止まらなくなってしまったんです。」
子どもの頃から、母に、ずっと「歌は心だよ」と教わってきました。 でも、「あなたは本当の悲しみを経験したことがないし、愛するという言葉も知らない。そんな子どもが歌っても、お母さんには何も伝わらない。」そう、言われたこともあったそうです。いくつもの試練を乗り越えた末に歌ったゴスペル。「母の言葉がここでようやく繋がったという感覚がありました。」
その後、2万人も集まるスタジアムで行われる米国最大級のゴスペル大会「マクドナルド・ゴスペル・フェスト」への出場も決まりました。久しぶりの大きなステージ、気分が悪くなってしまうくらいの緊張の中、審査員たちから、「魂から歌う日本人」と評され、なんと初出場、日本人初優勝を果たします。
そこからは怒涛の受賞ラッシュ。スタテンアイランドゴスペルフェスではソロイストとして優勝するなど数々の賞を獲得していきます。世界的に有名なニューヨークタイムズ紙一面にてTiAさんの記事が掲載され、『クーリエ・ジャポン』の特集で“世界が認めたジャパニーズ6人”にも選抜。2018年3月からはニューヨークを拠点にアメリカ14都市を巡る30公演の大規模全米ツアーも大成功を収めました。
「神様と出会ったハーレムで洗礼を受けたい」見失っていた自分を救ってくれた教会で洗礼を受け、身も心もゴスペルシンガーとなって、TiAさんは生まれ変わりました。今までたくさん抱いてきた苦しみ、悔しさなど、すべて手放して赦した時に、愛であふれていくのが分かったと言います。「生きていると、つらいことや苦しいことはありますが、そんな時も“これはきっと神様からのメッセージなんだな”と思えるようになりました。私のすべてを受け入れてくれたニューヨークに心から感謝しています。 」
コロナ禍にあり帰国を余儀なくされるのですが、その後、日本で新たな出会いが生まれます。結婚、そして二児を出産。「今は本当に幸せですね。また悲しいことがこの先もあるかもしれないけど、家族がいるからきっと乗り越えられるな、と。」
今回、ミッドランドスクエアは4年ぶりのライブとなります。コロナ禍を経て、クリスマスの原点をテーマとする今年のライブにふさわしいゲストとしてTiAさんが選ばれました。大勢の前で自由に歌うことが難しかった3年半。TiAさんの魂の歌声が、過去の閉塞感を打開してくれるに違いないでしょう。
「実は主人が名古屋出身でして。彼の両親や親戚、友人もライブに来てくれるんです。地元で妻が歌ってる姿を披露できるということを、私以上に喜んでいます。(笑)」と屈託のない笑顔で締めくくってくれました。
Profile
ゴスペルシンガー/
シンガーソングライター
TiA(ティア)さん
横浜市出身。16歳でメジャーデビュー。1st Album「humming」が【日本ゴールドディスク賞】ニュー・アーティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞。2014年より単身渡米。ニューヨークを拠点に、全米最大のゴスペル大会で優勝するなど活躍。2018年3月から30公演を超える大規模全米ツアーを行い、大成功させた。2020年1月、堺正章が司会を務めるテレビ東京「THE!カラオケ★バトル」に出演。2度の優勝を果たし日本で話題となる。2020年2月、全国700名のメンバーを擁する自身のクワイアTiA’s Choir発足。2023年9月、ニューヨークのRiver Side Churchにて行われたゴスペルコンサートに唯一の日本人ゲストとして出演、その歌声は「Angel voice」と称賛された。