— 1本のワインから溢れるグランメゾンの思い出

シニアワインエキスパートとしてワイン教室の講師を務めるなど、その魅力を伝えている柳園佐智子さん。実は柳園さんはアルザスのオーベルジュ・ド・リルを2度訪れたことがあり、そのもてなしに心奪われたのだそう。ダイニングの写真を見ると、その記憶が蘇ります。
「この写真のような川があって、鳥たちが舞い降りるのどかな場所。本当に温かいもてなしを受けました」。アルザスではワイナリーも巡り、リルのワインリストにも欠かせない「ドメーヌヴァインバック」を訪ね、オーナーのカトリーヌさんにワイナリーを案内してもらった思い出も。オーベルジュ・ド・リル ナゴヤ支配人の植田さんも、彼女の人柄に感銘を受けたと言います。
「カトリーヌさんはリルの料理を知り尽くしている人。彼女の提案でスペシャリテの真鴨料理にゲヴュルツトラミネールを合わせるようになりました。鴨一羽をスパイスと蜂蜜でマリネしてオーブンで香り甘味をつけて焼いた料理。鴨といえば赤でしたが、カトリーヌさんのゲヴュルツは糖度が高く味わいが強い。エピスなどの香りもあり、実は正攻法の組み合わせでした」。
柳園さんもこのワインを一口飲んで納得。「スパイスや蜂蜜を感じるが、酸もありバランスがいい。ヴァインバックのワインを飲むと、アルザスの風景が目の前に浮かんでくるようです」
「グランメゾンとしてのおもてなしがこの店の使命ですが、アルザスに行きたいと思わせるお店でありたいと思っています」と、植田さんもソムリエとしての思いが溢れます。

支配人でソムリエの植田さんと共に。リルの料理を知り尽くすプロフェッショナルの話に柳園さんも興味津々

— ワインや料理を知ることでマリアージュがさらに深まる

その土地のワインと料理を合わせるというこの組み合わせのように、ワインと料理のマリアージュに大切なのが、料理を引き立てるという視点。
「田崎真也さんからレモンをかけると美味しい料理が白ワインに合うと教えてもらいましたが、料理を美味しくするためにレモンを添えるように、料理主体でワインを選ぶようにしています。ワインの余韻がある口の中で料理が完成すると考えるので“口中調理”という言い方をする人もいますね」。料理と寄り添い、お互いを高め合える。料理とワインのバランスが大事だと柳園さんは考えます。
では具体的に料理に合うワインを選ぶ時のコツなどはあるのでしょうか。
「例えばソースにトリュフが添えられた肉料理なら、トリュフと相似する茸や大地の香りを持つ赤ワインを。ソースが濃厚で複雑ならば熟成したワインにします。特にメインディッシュは相似する味わいのワインを合わせるのがいいですね」。冬はほかにもフォアグラ、ローストチキン、ジビエなど特別な食材を食べる機会が多いシーズン。そこに添えられているソースやスパイスに注目することが、よりよいマリアージュを愉しむ一歩になります。

オーベルジュ・ド・リル ナゴヤでは「ドメーヌ ヴァインバック」「フレデリック エミール」などアルザスの名門はもちろん、12月はブルゴーニュのプルミエ・クリュなどもグラスで提供する予定

— ホリディシーズンを豊かにする、ワインのある時間

普段は歯科衛生士として働き、その合間にワインの仕事もしている柳園さん。忙しい中でも手料理を作るなど、家族との時間を大切にしています。ご自身はホリディシーズンにどんなワインが飲みたくなるのでしょうか。
「例えばクリスマスの香りというと何を思い浮かべますか?私はモミの木やシダなど針葉樹の香り。そして焼き菓子や冬のご馳走から漂うシナモンなどのスパイスやオレンジの香り。冬はその香りを持つワインがあるとワクワクします」。香りという刺激が、楽しい記憶や温かな思い出を一気に蘇らせてくれるのかもしれません。

— レストランという場所をもっと愉しむために

さらにレストランでワインの楽しみ方についてうかがうと、メニューにペアリングワインの提案があればそれをオーダーしてみては、とのこと。
「ペアリングコースを出しているところは、ソムリエの方がとても勉強しています。そして、どうしてこれを選んだのですか?とお話しすることでお店を知ることができます。ここでしか飲めないワインは?という聞き方をすることも。ワインを勉強していた頃は、価格が許す範囲であればそれを飲んでいました」。
ソムリエである植田さんも、自身の店の料理を一番理解しているものとして、ペアリングコースに注力しますが、お客様の思いに寄り添った柔軟さを持つこともグランメゾンとして必要と言います。
「シェフの料理は常に進化しているので、それに合わせて考えたペアリングコースをぜひ楽しんでいただきたいですが、例えばペアリングを楽しみたいけれどアルコールが苦手という方にはポーションを少なくしてご提供することもできます」
「一緒に食べた人と、あの料理とワインの組み合わせが素晴らしかったという思いを共有したいので、それは嬉しい。グランメゾンというと緊張してしまいそうだが、リルさんはフレンドリーにお話ししてくれるのでいつもリラックスして食事ができます。本店で感じた温かみと通じるところがありますね」

美味しい料理やワインをレストランで愉しむことは、何より自分のご褒美、糧になるという柳園さん。飲むこと、食べることが大好きという思いがワインを眺める眼差しからも伝わってきます。
「夏の疲れは、暑さか仕事かよくわからないけれど冬は本当に日々に追われ疲れている。なので行きたいレストランの予約がとれたら、ワクワクしてしまいますし、何を着ていこうと考えるだけでも気分が上がります。私にとってソムリエは、幸せをそそいでくれる人、料理を運ぶ人は、幸せを運んでくれる人なんです。特にミッドランドスクエアは館内の清潔さをはじめ、サービスも洗練されていて、気配り心配りが館内に行き渡っている。こちらに来るといつも幸せの溜息が溢れてしまいます」。
最近はどんなワインでも、料理に合うワインならば全部好き、と言えるようになったという柳園さん。大切なのは誰と一緒に、どんな料理と飲むかということ。そして食べることと飲むことの組み合わせは尽きることがないので、その追求をワインと共に楽しんでほしいと語ってくださいました。