— 「Bicerinミッドランドスクエア店取締役にいたった経緯を教えていただけますか?

 「もともと東京のある有名クラブの店長を担っていたんです。そのクラブの常連様に当時の弊社社長がいて、ある時『イタリアの老舗カフェを日本に入れたいのだけれど手伝ってくれない?』とお声がけいただいたことがきっかけでしたね。実は、そのクラブ時代からのお客様がこのミッドランドスクエア店にもいらしてくれているんです。社長とともにイタリアまで視察にも行かせてもらいました。日本の『喫茶店文化』とは全く異なるイタリアの『カフェ文化』に驚くばかりでしたね。蝶ネクタイで正装したカメリエーレ(サービスマン)のフォーマルなサービス、中世にタイムリープしたような見事な装飾、夕方にリキュールを楽しむ紳士や貴婦人たちのエレガントな振る舞い…。トリノは北部に位置するので寒い街でした。そんな寒い街でイタリア人たちは、オープンエアのカフェテラスで温かいチョコレートドリンクを飲むんです。その姿がトリノらしい風情にもなっていました。そんなトリノで愛されるドリンクが、当店のシグネチャーメニューである『ビチェリン』です」。

(左)エントランスに配されたBicerinのサイン 創業年である1763が刻まれて
(右)夏のケーキ3種。奥左からリモンチェッロが効いたレモンタルト。中:クッキー、2種のパンナコッタ(プレーン・チョコレート)、コーヒーゼリーの4層からなるコーヒーゼリー。右奥:シチリア島の郷土菓子、カッサータ。ひんやりしたアイスケーキで香ばしいナッツの食感と生クリームとリコッタチーズなどが織りなす絶妙な味わい。ドリンクは右が店を代表するビチェリン、左がカプチーノ。

— 「ビチェリン」とはどのような飲み物なのでしょうか?

 「『ビチェリン』とはトリノの家庭でも淹れる、馴染み深い昔ながらの飲み物の呼称です。トリノの方言で小さなグラスの意味だとか。どのカフェでも出しているんですが、当店はその『ビチェリン』の発祥店なんです。イタリア最後の王族、ウンベルト2世が亡命直前、最後に口にしたかったものがBicerinの『ビチェリン』だったそうです。文豪ヘミングウェイが『世界に残したい100のもの』にあげたことはあまりにも有名ですね。ホットチョコレート・エスプレッソコーヒー・生クリームの三層が織りなす、苦味と甘味が口の中で溶け合う味わいは芸術的。門外不出の調合によるカカオパウダーをトリノの本店から取り寄せ、厨房で毎朝2時間かけて煮出しているんです。そうして手間ひまをかけた風味はやはり、極上です」。

— ビチェリンを代表とする美しいドリンクももちろん、店頭にはスイーツもずらりと並びますが、高橋さんはどのメニューがお好みですか?

 「そうですね…。中々決めれませんが、我々の提供しているケーキメニューはトリノ本店のレシピそのままのものと、当店のパティシェがお客様の嗜好に合わせ、その都度レシピを進化していくものと2パターンあるんです。特に都度レシピを進化させるケーキメニューは、お客様が喜んでくださるよう考え抜いたスイーツで、好み云々ではありませんが、やはり思い入れがありますね。そう、厨房があることもミッドランドスクエア店の魅力のひとつなんですよ。店の裏側で手作りしたものを、お客様にご提供でき、当店ならではの美味も生み出せます。人気のバスクチーズケーキや、ちょうど今回撮影したカッサータ、コーヒーゼリーも当店独自のレシピによるもの。例えばカッサータはラム酒に漬け込んだドライフルーツをブレンドしますが、そこにスパイスを加えアレンジを施すことで、味にリズムが生まれました」。

ダウンライトで演出されたクラシカルな店内。西洋で育まれた“サロン文化”さながら、人と人の交流場としても愛されている。

— 全国のBicerinへもサポートにまわっているとのことですが、様々な街での暮らしを経て、“名古屋”をどう感じられますか?

 「『圧倒的に美意識の高いお客様が多い』というのが最初の印象でした。また、東京よりもフランクな気風がありますよね。ビルオープン当時から通して、14年間ほど働かせていただいておりますが、名古屋の方々の情の厚さと温もりにずっと触れてきました。時にお食事にもお誘いくださり、冠婚葬祭など人生の節目にご挨拶もさせていただくなど、家族同然のおつきあいをしてくださる方がたくさんいらっしゃいます。またミッドランドスクエアのスタッフも皆、我々のような“サービス業”に対し、とても敬意をはらって下さります。そうした働きやすい環境が与えられたことがまず有り難いですし、このようにソフト面が整った場所は非常にいいですよね、そういう場所には自然と、人が集まるものです。名古屋人はブランドや企業というバックボーンに、ではなく『人』そのものに人がついていく、『ご縁』を大切にされる素晴らしい土地だと感じられています」。

本店の味を忠実に守りながら、エスプレッソやカプチーノを丁寧に淹れるバリスタ。

— この2年に渡るコロナ禍を経て、何か変わったことはございますか?

 「高齢の方は来店を控えておられましたね。でも我々は『ケータリング』サービスも行っていますので、こちらからドリンクの配達もさせていただいておりました。美味しく癒されるドリンクをお届けすることで、少しでもお客様の御心が安らぐことを祈っています。また、お席だけのご予約ができるのも当店の特徴。オーダー内容を決めずとも、お席だけのキープを承ります。ご希望のお席をお取りしておけることは、お客様の安心にも繋がります。最近では、お見合いのお席として活用されるカップルが増えているんですよ。料亭や星付きレストランではかしこまりすぎてしまう、だけど天井高でお隣の声も響きにくく、雰囲気も良い上に気楽に予約ができる、そんな理由からお見合いの場として、新たに注目を集めているようです」。

— 仕事はお好きですか?

 「好きです。僕には趣味はありません。大学1年生の時にサービス業のアルバイトをして以来、ずっとこの仕事だけをしてきました。この仕事しか知りませんし、他を知るつもりもありません。Bicerinという舞台によって、人と人が繋がり縁が紡がれそのことで誰かが救われたり、笑顔になる。その縁は店外にも広がり、またどこかで誰かが救われていく…それは外側だけでなく内側のご縁も同じ。店と店、スタッフとスタッフから和が生まれていく。素敵なことですよね。自然に人と人の循環が生まれ、それを肌で感じられる、この仕事が好きです」。

喧噪を抜け出したように、ノイズが少ない優雅なミッドランドスクエア店。店奥には個室席、店外にもテーブル席が配されて。

— 今後の目標を教えていただけますか?

 「目標ですか?『このまま、今のまま毎日働けること』ですかね。ミッドランドスクエアがある限り、この店を守っていきたいです」。

(左)カウンターで会話を楽しみながらエスプレッソの立ち飲みもお気軽に。
(右)高橋氏の下で働くスタッフたち。仕事後、名古屋名物の“あんかけパスタ”を食べながら交流を深めることも。「あんかけパスタはトッピングが選べるので個々の好みを尊重できるので気に入っています」と店長。

— 最後に、この仕事をしていて、良かったと感じるのはどんな時でしょうか?

  「幸せを感じる時ですか…、それはやはり、接客をさせてもらった方がまた訪れてくれた時です。『ああ…自分自身のしてきたことは間違っていなかった』と信じられ、嬉しさを噛みしめる瞬間です」。

ビチェリンだけではない、もう一つのシグネチャーアイテム「ジャンドゥイア」。トリノ自慢の産物“ヘーゼルナッツ”のペーストが練りこまれた口溶けの良い王都らしい郷土菓子。

Profile

Bicerin ミッドランドスクエア店
取締役

高橋 正憲さん

Masanori Takahashi

2F ビチェリン

1968年徳島県生まれ。大学卒業後、NOVAインターナショナル株式会社に入社。飲食店10店舗以上で店長経験を積む。店長をしていた店舗に現在の社長がお客様として訪れた時にスカウトされる。2005年、(旧)コヴァ・ジャパン株式会社設立より入社。3店舗の立ち上げおよび名古屋ミッドランドスクエア店の店長として勤務。2018年、ビチェリン・アジアパシフィック&ミドルイースト株式会社に社名変更。取締役に就任。2020年に銀座、六本木、うめだ、2021年に博多の新店舗立ち上げに携わる。現在、西日本エリアの責任者を中心にBicerin全店舗の統括を担う。