シビウを訪れた理由は、ルーマニアの有名な彫刻家ブランクーシの作品を見るためでした。もう30年以上も前のことです。社会主義が色濃く残る当地を、みずからハンドルを握ったレンタカーで走り、夕方、ホテルに到着しました。部屋に入ると、どこからか歌声が聞こえてくる。
季節はクリスマス。大きな窓を開けると、目の前の広場で、まるで、民族衣装をまとったように楽しげに子どもたちが手を取り、大きなもみの木を中心にして、輪になって歌っていたのでした。
昔から自然と繰り返されてきた光景なのでしょう。広場に木が一本あるだけで、雪が降っていて、誰に言われるでもなく人が集まり、歌い、踊り、心と体の自然な交流を感じたと山本容子さんはいいます。「その光景に心を奪われました。ああ、これこそクリスマスの原点だな、と。」そして、コロナ禍を経た今、もう一度このシーンを描いていただくことになりました。
今回のインスタレーションには、1998年に出版された絵本『エンジェルズ・アイ』からもたくさんキャラクターたちが登場します。『エンジェルズ・アイ』は、クリスマス、心安らかに聴きたい22の聖なる歌を山本さん自ら選び、その楽譜を絵にしてキリスト生誕の歌物語を美しい絵で奏でた作品です。
「子守歌が好きなんです。このゆったりとしたリズムが。愛する子どもを揺らしながら寝かしつけるための歌ですから、世界共通ですよね。」子どもはみな天使、羊は穏やかでユーモラスな聖なるしもべ、鳥は平和の象徴。
また『エンジェルズ・アイ』の表紙にも描かれているスペイン・カタロニア民謡の“鳥の歌”は、キリスト生誕を祝うだけでなく、世界平和への祈りが託されています。「インスタレーションを通して、世界平和を願いながら、大切な人とともに幸せを噛み締めて欲しい。」そんな想いも込められています。
さらに今回の作品には、山本容子さんの詩画集『プラテーロとわたし』に登場するロバ、プラテーロも加えられています。原本は、スペインの詩人でノーベル文学賞作家でもあるファン・ラモン・ヒメネスによって1914年に初刷りされた、世界的なベストセラーです。国内でもさまざまな翻訳本がありますが、山本容子さんの絵による装丁本は2019年にメゾソプラノ歌手である波多野睦美さんの翻訳で発行されました。
「この本は、精神を病んだ詩人が、ロバと故郷を放浪することによって、自分を取り戻すというお話です。そこには癒す力を感じます。シビウでの体験と同じように感じるのです。」旅の供であるプラテーロを入れることで、昔と今の世界を結びつけようとした、いわば時空の旅の伴侶がプラテーロなのです。
『プラテーロとわたし』には、イタリア生まれの作曲家カステルヌオーヴォ=テデスコが作曲したギターと朗読のための28曲があります。「プラテーロと呼びかけると、プラテーロとこだまがかえってくる。この作品は詩であり、歌なのです。」
そして今回、ミッドランドスクエアシネマにて、その世界観を体感できるクリスマス朗読コンサートを開催します。大スクリーンで見る山本容子さんの作品と、波多野さんの美しいメゾソプラノ、ギタリスト鈴木大介さんの心地よい音色をどうぞお楽しみください。
Profile
銅版画家
山本容子さん
Yoko Yamamoto
1952年埼玉県生まれ、大阪育ち。京都市立芸術大学西洋画専攻科修了。1978年日本現代版画大賞展西武賞、1980年京都市芸術新人賞、1983年韓国国際版画ビエンナーレ優秀賞、1992 年『Lの贈り物』 (集英社)で講談社出版文化賞ブックデザイン賞、2007年京都府文化賞功労賞、2011年京都美術文化賞受賞、2013年平成25年度京都市文化功労者。 都会的で軽快洒脱な色彩で、独自の銅版画の世界を確立。絵画に音楽や詩を融合させるジャンルを超えたコラボレーションを展開。数多くの書籍の装幀、挿画をてがける。